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オーエム製作所 新社長インタビュー |
オーエム製作所
代表取締役社長
水田 博
―ご就任おめでとうございます。社長就任にあたり、どのような決意を抱かれましたか。業界動向と共にご紹介ください。
2026年6月25日に社長に就任しましたが、これだけの大役を拝命したことに、身の引き締まる思いを感じました。オーエム製作所グループは長い歴史を持つ会社で、立旋盤というニッチでありながら社会インフラを支える重要な領域で実績を積み重ねてきました。今日の会社があるのは、諸先輩方が築いてこられた技術と信頼があるからです。その歴史をしっかりと受け継ぎ、守ることが私の最初の使命だと感じました。
同時に、会社をさらに成長させていく責任もあります。従業員、お客様、株主様に対して、オーエム製作所グループがこれからも社会に必要とされる企業であり続けるために、業容拡大に向けて力を尽くしていく。その覚悟を胸に、社長としての一歩を踏み出しました。
当社グループの中核事業である工作機械業界は、世界市場で年間6〜9%の成長、また国内市場でも今年度は2兆円規模となる見通しが出ています。日常生活の中にあるほとんどの製品は工作機械によって生産されており、当社はその「機械をつくる機械=マザーマシン」のメーカーとして、エネルギー、航空機、建設機械、造船などの重厚長大産業から精密機械産業まで幅広く支え、産業インフラの未来を担う役割を果たしています。
― 水田社長は技術者として出発し、営業や海外部門などを経験されました。その中で大きな転機はありましたか。
私は工学系の学校を卒業し、技術者になることを目指してオーエム製作所に入社しました。配属は技術部で、長岡工場で大型立旋盤(※)の設計に携わりました。当社は「立旋盤のオーエム」と称されるほど、高い性能と品質で、特に中・大型クラスでは国内外から高い評価を得ています。大型機の設計を経験することで、小型・中型も含め当社が有する製品ラインナップ、その性能・技術について網羅的に学ぶことができました。現在にもつながる貴重な経験となっています。
最初の転機は入社4年目、大阪本社の営業部への異動でした。私も妻も大阪出身だったことから、当時の技術部長が親心で配慮してくださったようですが、技術者としてキャリアを描いていた私にとっては思いがけない辞令でした。営業の経験がないどころか当時は無口な技術屋で、右も左も分からない状態でした。それでも、「自分ができることはなんだろう」と考えながら年数を重ねるうちに、自分の強みが徐々に分かるようになってきました。それは「図面が読めて技術的な説明ができる」こと。お客様の要望を正確に理解し、それを設計に伝え、工場との妥協点を探りながら最適解を見出す、お客様・工場・営業の三者が納得できる“三方良し”の自身の営業スタイルが、成績にもつながるようになっていきました。
営業として最も記憶に残っているのは、数億円規模の大型商談での一件です。競合を退けて受注したものの、完成立ち会いでお客様の要求精度を満たせず、工場も「これ以上は不可能」と断言。お客様と工場の間に挟まれ、長岡工場に張り付きながら1カ月半以上テストを繰り返しましたが、それでも合格点には達しない。困り果てましたが、当時の課長が各所に掛け合ってくれました。すると現場の職人さんの間で「ああでもない、こうでもない」とアイデアの出し合いが始まりました。最終的には通常3~4日かかる調整作業を一晩で終わらせ、お客様の要求仕様に一発合格させました。納品後はお客様より、「すばらしい機械です」と追加のオーダーもいただくことができました。お客様の喜ぶ姿、職人さんたちの誇らしげな顔、支えてくれた上司の温かい励まし。諦めていたら見ることができなかった光景に、高揚感と達成感を覚えました。
海外営業部長としての経験も大きな学びでした。米国の航空機エンジンメーカーとの取引では、機密情報のため図面を持ち帰ることができず、ホワイトボードに描かれる仕様を頭で記憶し、見えないユーザーの要望通りの仕様を組み上げるという難易度の高い仕事も経験しました。また、中国向けの大型案件では、5台・約3億円の受注が突然キャンセルされる事態もありました。この危機に、すべての営業部隊が一丸となって転売に奔走し、1年かけて全台を売り切ることができました。
こうした経験を通じ、「困難な状況に対して強固に結束する力」もオーエム製作所の強みだと確信するようになりました。
※立旋盤(たてせんばん)=主軸が垂直方向(地面に対して縦向き)を向いた工作機械。発電機の部品や大型リングなど、自重で不安定になりやすい大型・重量部品の高精度な加工に適している。
― 長岡工場の運営において、人材育成をどのような考え方で進め、組織を変革してこられたのでしょうか。
人材の確保と育成は工場運営の永遠のテーマです。工場の運営責任者として長岡工場に戻った際には、「適材適所」「DX」を変革推進の両輪にしようと考えました。適材適所の施策とは、経験年数や能力に応じて配置を行うことです。これまでは手が空いている人をランダムに配置していましたが、それを、入社1~2年目はベテランの補佐に、3~4年目は自立した仕事を任せるように配置しました。新人はただ技術を習得するだけでなくベテランの技に憧れを抱くようになる、中堅はベテランの領域を目指し技を磨く、ベテランは技術の伝承に誇りを持つレベルを目指す、とそれぞれが努力する。成長の道筋、なりたいイメージを持つことで業務を全うしたときの喜びや達成感は人を大きく成長させます。そして会社側もきちんとそれを評価する。生産効率がぐっと上がり、手ごたえを感じました。人の能力や個性を見極め、それを引き出すような策を講じることが組織運営の要だと認識し、経営者としての視点を持つきっかけとなる経験でした。
オーエム製作所グループでは技術継承は最も重要な課題のひとつです。属人的な方法では限界があるなか、DXは大切な役割を果たすと考えています。現在はタブレットを活用しながら組立マニュアルの整備や、加工のノウハウなどをデータとして記録し、若手が視覚的に理解できる環境を整えています。現場のDX推進は全社的なプロジェクトとして今後も取り組んでいきます。
― 工作機械業界の展望と、オーエム製作所グループがダイワボウグループの一員としてこれから果たすべき社会的役割をどのように捉えていますか。
工作機械産業は、AI時代の到来によって新しい需要が生まれています。AIを動かすには膨大な電力、データセンターの設立が必要であり、その電力を生む発電機の部品加工には工作機械が欠かせません。
主力の航空機エンジン分野では、燃費改善に向けた研究開発が常に行われるため、堅調な需要が見込まれています。オーエム製作所の航空機向け売上比率は20 ~40%に達し、今後も重要な柱と位置付けています。
日本は資源のない国です。だからこそ、品質の高いものづくりで支えることが当社グループの使命だと考えています。航空機、発電機、船舶、ロケット、鉄道。社会インフラの根幹を支える部品は、すべて工作機械から生まれます。そしてその社会インフラの変革が進むなか、当社の匠の技術が活躍できる領域も広がっていると感じています。
当社の品質、匠の技術は「オーエムブランド」として高い評価を受けています。それを支えるのは営業や管理、設計、生産、すべての部門が「匠を目指す」意識で日々の仕事に臨んでいるからです。
今後は海外市場での貢献度も高めながら、世界の「オーエムブランド」として豊かな生活や夢のある将来を支えていきたいと考えております。当社の製品に対する責任は関わるすべての部署が背負っており、それこそが伝承すべき「モノづくり企業の匠の精神」です。
ダイワボウホールディングスの一員として、DISグループはITインフラを、オーエム製作所グループは産業インフラを支える。この両輪で、豊かで持続可能な社会へつなぎ、未来へつなぐ。その実現に貢献してまいります。
Profile
1967年生まれ、大阪府出身。90年、オーエム製作所入社。
26年6月、取締役社長・代表取締役に就任。趣味はゴルフ。